義援金の送付先や今後の活動の呼びかけはこのホームページで公開します。
この活動の始まり、東日本大震災よりも前の2008年度から阪神淡路大震災の教訓を活かして、商店街振興×防災というキーワードで全国ぼうさい朝市ネットワークという組織が藤村望洋氏のコーディネートのもとに取り組みを進めていました。宮城の南三陸町、山形の酒田市、長野県の下諏訪町、鹿児島県の鹿児島市など15地域の商店街がお互いに救援物資として各地の特産品を販売したり、炊き出しの訓練として酒田のいも煮や鹿児島の黒豚とん汁などの販売が「ぼうさい朝市」として2年間、国の補助事業をうけながら実施されていました。2011年3月11日の東日本大震災により甚大な被害を受けた東日本各地。ネットワークの仲間の宮城県南三陸町も大きな被害を受けました。訓練としてのこれまでのぼうさい朝市のネットワークを活かして、南三陸町への最大限の支援活動が震災直後から始まりました。
2011年3月23日に笠岡市社会福祉協議会・NPO法人かさおか島づくり海社・笠岡商店街・元気笠岡推進協議会などの有志が集まり「かさおか希望プロジェクト」を立ち上げ、宮城県南三陸町支援をいち早く実施、2012年3月11日は市内の復興支援団体をまとめる形で「明日への架橋Kasaoka」を設立し現在に至る。